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佐久間


その189:待望・原田橋が開通

新原田橋
令和2年に入り初めての書き込みです。
ついに待ちに待ったその日が来ました。
今から5年前平成27年に遡ります。
前々年の平成25年の交通事故に遭い、
大腿骨を骨折する重傷を負い、手術後1年
経過した27年1月29日、固定していた
金具を除去する為、浜松日赤病院に入院
除去手術が無事終了した31日、個室で
テレビを見ていたところ、旧原田橋が老朽
化の為、その直ぐ隣に新橋(吊り橋タイプ)

新原田橋
を建設の最中、土砂崩れが発生し、旧原田橋
が崩落、新橋もその土砂崩れに巻き込まれ
作り直しのダメージを受け、同時に旧原田橋
の見回りに訪れていた二人の市職員がその
崩落の犠牲となり、命を落とされる痛ましい
事故となったニュースが飛び込んできたこと
を思い起こします。
その後、お二人の尊い犠牲の上に新たな新橋
建設計画が練りなおされ、橋下駄方式の新橋
建設が約150m程下流に始まり足掛け5年
ようやく令和2年2月29日(土)開通式

新原田橋
に至りました。待ちに待った新橋の完成・開通
です。思えば様々な事がこの間に起こりました。
この間佐久間町には大きな生活上の変化が圧し
掛かりました。小生も例外ではありませんでした。
NPO前理事長和田さんの死去、佐久間ダム
放流のたび起こる電車での事務所通い、
台風・大雨による飯田線の運行停止による
林道通行、林道が通行止めの際の二俣経由の
往復200キロの通勤等様々な不便を受け入れ
ながらの生活でありました。


新原田橋
なにより嬉しいのは佐久間ダムの放流
があっても車で事務所に通えることです。
又、三遠南信道に繋がり、浜松市内・名古屋
方面へのアクセスが大幅に良くなります。
佐久間町が活気を取り戻すきっかけと
なることに信じて止みません。
佐久間の自然に溶け込んだ美しい橋であり
ます。佐久間ダムと新原田橋を見学に
町外から多くの人が訪れることを願い、
期待に胸が膨らみます。

新原田橋 
5年間の不便に耐えた年月を振り返り、
未来を見据えたシンボルとしてこの新橋を
日々眺めて行きたいと思います。
2月の最終日の29日(土)地元選出の国会
議員を始め多くの来賓の隣席で開通式が行われ、
渡り初めを行いました。
新原田橋万歳!そして永遠なれ!
原田橋の崩落から新橋の完成・開通までの記事は
@ その145:原田橋の崩落に思う
A その152:原田橋崩落のその後
B その154:原田橋崩落のその後U
にて当時の感じたことに触れております。
 

新原田橋 









 

新原田橋 









 

 写真上段 (1枚目):完成した新原田橋の全景です。美しい橋となりました
 写真中段上(2枚目):渡り初めを行う来賓の方々
 写真中段中(3枚目):完成した新原田橋の通行部
 写真中段下(4枚目):新原田橋と5年間大変お世話になった河川内仮設道路
 写真下段上(5枚目):河川内仮設道路を通行する車両
 写真下段中(6枚目):片側交互通行の為、河川内仮設道路通行待ちをする車両
 写真下段下(7枚目):片側交互通行の通行整理を行う昼夜を分たずお世話になった交通整理員の方

 

                              2020年3月1日






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